どーも、オクダです。
最近思うのですが、新しいことを覚える能力がどんどん衰えてきている気がします。
ちょっと前までは年上のおじさま方を見て「それぐらい自分で調べなよ」と感じることも多かったですが、だんだんそれも笑えなくなってきました。
「若いうちにいろいろ勉強しておけ」とも言われてきましたが、これマジで真実かもしれないです。
とはいえ時間は戻せません。
僕の持論ですが、きっと学ぶ機会というものが減っているから、それに伴い学ぶ能力も衰えてるんだと思います。
なので、これからは新しいことにチャレンジして学習能力の低下に歯止めを効かせたいです。
とにかく学ぶ姿勢は保っていきたいですね。
では本題。「僕が組んでたバンドの話」やっていきます。
雑記もいいところ、今回は相当くだらない話です。
というのも、僕は半ば遊びでしかバンドをやってこなかったからです。
もちろんライブに出たことは1度もありません。
それでもいくつかバンドを組んでだらだらやってきたのは、やっぱり楽しかったからです。
誰の為にも何の為にもならない記事になることは間違いないですが、バンドを組んだことが無い人にバンドを組むことのハードルの低さみたいなものが伝わればいいと思います。
あぁ、このハードルっていうのは気持ちの部分の話ね。
僕には同じようなモチベーションの友達がいたので、そこはやっぱり大きなアドバンテージでした。
一緒にやってくれる人がいないとなかなか厳しいですからね。そこは頑張ってください。
それでは、物好きな皆様お付き合いください。
①タランチュラ (2008年結成、2008年解散)
四谷の予備校で出会ったメンバー4人で結成。
バンド名の由来はサングラスの名前。
演奏できる曲は1曲もない。
2008年ギターの脱退により解散。
僕が19歳の時に初めて組んだバンドです。
大学受験に失敗して浪人生活になったものの、まさかの予備校で悪い友達ができ、毎日遊んでいた頃です。
このバンドで人生初スタジオでした。
スタジオに入ったのは1回だけなのに、バンド名まで決まっていました。笑
このダサすぎるバンド名は、ドンキに売ってた白いサングラスの商品名からです。
メンバーはギタボ(バンド経験有り)、ギター(ギリパワーコード弾ける)、ベース(初心者中の初心者)、ドラム(初めてスティック持つ)という最強の布陣。
僕はこの年の春にベースを買ったばかりにも関わらず、ドラムを名乗り出ました。
ギタボがそこそこ叩けましたが、そうなると誰も歌えない。他のメンバーも基本不器用。消去法ですね。
でもちょっと自信があったかな。
実際エイトビートぐらいは最初から叩けたし、簡単なフィルインもこなすことができた。質はともかく。
ちなみにGreen DayのBasket Caseに挑戦しましたが、何の曲かわからないくらいグッチャグチャな仕上がりでした。
最終的にでかい音でメチャメチャに弾き倒し、バンドの存在ごと爆発させてこの日は終了しました。
たまらないほどにロックンロール。
②GASVANA (2009年結成 2014年~活動休止)
ギタリストの脱退後タランチュラのメンバー3人で結成。
ギターヴォーカルの留学などにより、度重なるパートチェンジを繰り返す。
NIRVANAのコピーバンド的な意味合いも含めてのこのバンド名。
2014年~活動休止中。
1番たくさんスタジオに入って、1番長く活動している(していた)バンド。
なんでこのバンド名になったのかは覚えてませんが、結成当初はNIRVANAのコピーをよくやっていたのも事実。ただし、スメルズとブリードをひたすら繰り返していた印象。
他にはDOES、THEE MICHELL GUN ELEPHANT、アニソンなどいろいろやりました。
途中でギタボが留学してしまうのですが、残されたベースとドラムはなぜか2人ともギターを持ち始めます。笑
2人でスタジオに入っていろいろ弾いて遊んでいました。
僕のギターの技術はこの期間に身につけられたものです。これ以降たいした練習してないので中途半端な技術となっています。
ギタボが帰国してからはそれぞれもとのパートに戻りました。
2014年にベーシストが転勤になって以来活動してませんが、3人集まればいつでもあの頃に戻れる自信があります。
③パブロフの犬 (2011年結成 2011年自然消滅)
大学の友人とその繋がりで集まったメンバーにて結成。
バンド名の由来は「BYEE the ROUND」の曲名から。
2、3回練習をしてから自然消滅。
唯一ライブも見据えて活動した(活動しようとした)バンド。
音楽の話が合う友達S君と結成。
ギタボがS君、ギターがS君の高校時代の同級生、ベースがギターの弟、ドラムが僕です。
この感じ、バンドマンっぽいですね。
ほとんどドラム初心者だった僕ですが、S君に「すげーじゃん」と褒められたのはちょっと嬉しかった思い出。
練習がてらa flood of circleの曲を数曲、慣れてきたらオリジナルをやっていこうという感じでした。
結局2、3回練習したっきりになってしまいましたが。
ちなみにベーシストのベースのヘッドの裏側にthe pilowsのメンバーのサインが入っていました。すごい。
④THE Hi-Ace (2017年結成 2019年~活動休止)
会社の同僚同士で結成。
メンバーチェンジを数回繰り返す。
バンド名の由来は車のハイエースから。
方向性の違いにより活動休止中。
会社の先輩1人と後輩2人とで組んだバンド。
僕以外は楽器にほとんど触ったことがない人間。
最初は消去法で僕がギタボでした。
まずすぐに先輩が飽きてそうだったのでクビにして、次にドラムが心折れて脱退。
そしてGASVANA時代のギタボを召喚して、僕がドラムへ。
更に別の後輩を入れてドラムをやってもらって(もちろん未経験者)、僕がギターへ。
こんな感じでメンバーチェンジ、パートチェンジを繰り返しました。
なんとか形になりそうだったのですが、初心者組が1ミリも上達しないというトラブルが発生。笑
合計で15回くらい練習した気がしますが、1回目とほとんど変化が無かったので絶望でした。
結局みんなモチベーションが保ててなかったので、いつの間にか活動休止。
ちなみにバンド名の由来は○○(会社名)バンド=○○バン。営業車のバン=ハイエース。ハイエース Hi-Aceといった感じ。
まとめ
以上、「僕が組んでたバンドの話」でした。
どうですか?まじでくだらないでしょう?
でもちょっとでもやりたいと思うなら、こんなテンションでもやってみたらいいと思います。
遊びでもいいんです。遊びでしかやってなかった僕が言っても説得力ないと思いますが。
これをバンドと呼んでいいのかわかりませんが、とにかく楽しかったですよ。
皆がカラオケに行くように、飲みに行くように、サークル活動するように、遊びの手段としてバンドをやってたので。
そういえば当時「他の奴らって何し遊んでるんだろうな」っていう話をよくしていましたね
ただね。
こんな生活も楽しかったですけど、本音は「本気でやってみたい」という部分もあったんですよね。
結局「モチベーションが合わなかった」とか「そういうレベルじゃなかった」とかそれらしい言い訳をして環境のせいにしてるんですけど、やろうと思えばいくらでもやりようはあったと思うんです。
こればっかりは少し後悔してるかな。
めっちゃ売れて音楽で生きていこうとか思ってたわけじゃないけど(ちょっと思ってた)、なんていうか「向こう側」に行ってみたかったです。
今からでも遅くないんですよ。
でもさ、ハードルはどんどん高くなってるわけです。
これも言い訳です。それはわかる。
わかるけど、当時本気で動けなかった人間が今更動くというのは相当難しいです。
ええ、全てが言い訳に聞こえますね。実際言い訳ですけど。
なので最近は少しずつギターの練習を再開してみたり、曲作りをしてみたりと少しずついろいろチャレンジをするようになりました。
主役じゃなくていい。いつかあの世界の片隅にでも居座ることができたら、僕の人生は100点です。
意識してなかったけど、ブログを始めたきっかけっていうのもそのあたりにあったのかもしれないです。
なんだか最後はまじめな話になってしまいましたが、とにかくやりたいことを躊躇せずチャレンジできる人間になりたいです。
皆さんも是非そうしてください。
楽しい世の中にしましょう。
それでは、今後ともよろしくどーぞ。
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